東北関東大震災

3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により、被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。 私、鈴木尚和は、丁度、上野で打ち合わせをしており、ただならぬ揺れに皆で外に飛び出ると、目の前のビルや高速道路が、ギシギシ音を立てて揺れていました。打ち合せ先の会社もロッカーやテレビが落ちいつもとは違う恐怖感が漂いました。電車はすぐに動かなくなり、目の前の道路もみるみる渋滞が始まり帰宅への不安がつのりました。その後、惨事を知る事となり、帰宅を諦め、先方の会社に泊めて頂き非常に感謝しております。翌日早々にやっと動きだしたすし詰めの銀座線で事務所に戻り、事務所の惨状も覚悟していましたが、物が少し落ちていたくらいでほっと致しました。表参道には数件のコンビがありますが、ほとんどの食材が無く、残っていたヨーグルトを買う事が出来ました。事務所は青山学院の裏にあると言う事もあり、青山学院は避難地となり、人で一杯になったと聴いております。防災グッズは日頃用意しておかなければいけませんね。 又余震も続き、計画停電もある事から、皆様、エレベーターのご使用はなるべく控えて下さい。昔、地震ではありませんが、NYで夜中、エレベーターの故障で閉じ込められた事があります。その時は、ホテルのエレベーターで大きめのカゴでしたが、アメリカ人の女性1人と私の2人でした。私が操作ボタンの所にいたせいもあり、止まった瞬間、女性の方を見たら、その女性が後ずさりしたのを忘れる事が出来ません。私が停めたと思ったのでしょう。そんな事にもびっくりで、いや貴方が緊急電話を使ってくれと頼みました。その後は片言の英語で救援を待ち、それでも30分ほど掛かり、すぐ直るかと思いきや、直らず、1時間程かけて途中階に止まってしまったエレベーターの扉をレスキュー隊がバールでこじ開け、20センチほど開いた扉から、レスキュー隊の顔が縦に4つほどならんでいたのが印象的でした。まず女性に、暴力を振るわれてないか?と聴くと所などNYだなと思ったものです。そんな事で無事に難を逃れましたが、あの閉塞感は怖いものです。皆様も気を付けましょう。助けだされた女性とまた隣のエレベーターに乗るのもどうかと思いましたが、女性が最後に降りる時、シーユーアゲンと微笑んでくれた事がせめてもの救いでありました。 ボタン1秒救助3時間です。因に今回の地震で先方の会社のエレベーターが止まり、復旧できたのは9時間掛かりました。人が乗っていれば、もう少し早く来てくれるとは思いますが。